経団連が活用を呼びかけている「インパクト指標」を改めて理解しようと試みました。途方に暮れました。
きっかけは経済・金融情報サービスのブルームバーグから届いた1通のメール。2022年6月に企業と投資家の対話に活用するよう提案した「経団連のインパクト指標」。この指標84項目のうち9項目でブルームバーグが開発した指標が選ばれたことをPRするプレスリリースでした。メールの内容自体が難解だったこともあって、自社のESGサービスの利用を呼びかける内容であることを理解するまでに何回読み返したことか。
経団連に採用される意義は大きいのだろうと改めて考え直して、それではインパクト指標を再度確認しようと思い至ったわけです。再び幾度も読み返すはめに。正直、正確に理解できているか自信はありません。どうもESG投資の考え方を分類するうえで社会や環境を変える力を測る「インパクト投資」という分類があり、この発想に従って経団連は会員企業にインパクト指標の活用を呼びかけているようです。
難解だからスルーというわけにはいきません。経団連の会員企業がインパクト指標を使って説明を始めたら、多くの人にも伝わる機会が増えます。「環境と経営」を考えるうえで重要な指標に育つ可能性があります。経団連の担当者は、これが専門外の人間による「インパクト指標」の理解度と受け止めて次回の広報に役立ててください。
そこでインパクト指標をEco*Tenしてみました。
経団連は専門部会を設置してインパクト指標の活用を呼びかける報告書を作成しており、以下の通りに定義しています。
インパクト指標;「事業や活動の結果として生じた、社会的・ 環境的な変化や効果を示す指標」
目的は、「従来の対話を超えた、ビジネスモデルも変革し、新たな市場機会の獲得を志向する対話を実現する」ことです。「長期目標および、や将来から現在までの価値創造ストーリーの実効性が高まるとともに、サスティナビリィと革新的な事業/イノベーションとの関連も明確にし、投資家の理解が一層促進される」。カギ括弧は経団連が6月に発表した説明から引用しています。企業と投資家の2者の世界だけで留まっていればインパクト指標をあれこれ吟味する必要はないと思いますが、せっかく経団連が普及を呼びかけています。一端でも触ってみます。
発表文のアドレスは次の通りです。詳細は参照ください。
https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/060_honbun.pdf
文章が難しくてスッと頭に入らないのですが、これまでの経営指標には現れないESGやSDGsの市場創造の可能性について将来に向けた企業戦略をきっちり説明できれば、新たな投資機会を創造できることを強調しているようです。報告書では企業と投資家との対話にはギャップがあり、そのギャップは250兆円の潜在的な市場機会があるとの試算を明らかにしているからです。企業は投資家の理解を深めるため、従来の経営指標に代わるインパクト指標を活用して新たな投資を呼び込みましょうと声をかけているのだと理解しました。
さてインパクト指標は数値指標です。この指標を評点することができるかのか悩みました。84項目の数値は経団連が指摘する通り、企業の未来ストーリーを「見える化」するのが狙いです。ブルームバーグ以外にも世界経済フォーラムや国連など権威ある機関が作成した指標などで構成しているようです。ただ、最初にぶち当たった壁である「インパクト指標」が投資家以外にも理解してもらわなくては、単に投資可能性を説明する金融用語で終わってしまいます。それでは創設した理念であるESG、SGDsの趣旨から大きく外れてしまいます。経団連はインパクト指標を「企業の取り組みを伝える際の”共通言語”になり得る性質を持つ」と説明します。「共通言語」大学ゼミの時によく使った懐かしい文字を久しぶりに見ました。
この共通言語の役割は企業と投資家以外の幅広い層にも伝わるコミュニケーション能力を持たなければ、言語とはいえません。この視点からEco*Tenをスタートしました。5項目は各2点、合計10点が満点です。
インパクト指標は4・5点
①透視する力;1点 過去に一度退き、近未来へ
この指標は近未来をどこまで読み込んでいるのか。経団連の報告書を読む限り、近未来を見透すというよりは、過去から現状、そして近未来の企業戦略を数値で比較し、その変化率を示す狙いのようです。半歩か一歩かわかりませんが、一度後ろへ退いてその企業の未来物語をわかりやすく数値化していく狙いです。経営戦略の作成を担当した人なら、直感的にわかると思いますが、平均的な作業です。
②構想する力;1点 見える化の平均点
自社の立ち位置を確認して、将来の目標にどう向かうのかをどこまで見える化できるか。企業が通常作成している経営戦略では企業が描いている未来物語を理解できていないとの反省に立ってインパクト指標は数値を並べていきます。環境経営度調査を実施した経験からいえれば、調査結果から得られる指標は企業の理念と実践の乖離を明らかにするために試算します。こちらも平均点です。
③実現する力;1点 背中を押す力を期待できない
インパクト指標から現れた結果を実現するかは企業の決断力です。投資家や世の中の多くに人に対して「目標」を提示して満足するのか、実践まで完遂して満足するかは企業の実力次第です。インパクト指標が企業の背中を押す力は期待できません。数値はあくまでも物言わぬ圧力です。実現力はさほど期待できません。
④変革する力;1点 企業の変革をどこまで促すのか
企業がインパクト指標をもとに自らをさらに変革するかどうか。インパクト指標の性格からいって変化率を並べてこれからの目標を再構築する圧力を創出するのかは、正直いって事例次第かなと思います。当然、指標が示した結果を受け止める企業が新たな問題意識を持つのか、無視するのか。結果を眺めて「改善する点が明らかになったのだから、ここから再スタートしよう」と考える企業が増えるのを願います。
⑤ファーストペンギンの勇気と決断力;0・5点 先進性を感じず
厳しい見方かもしれませんが、インパクト指標そのものに先進性は感じません。環境経営に関する経営指標は数えきれないほど世の中に溢れています。大手会計事務所はじめ主力ビジネスとして拡大しており、ブルームバーグも金融情報サービスの一環として取り組んでいます。新奇性を評価できません。最も指摘したいのは、専門的な知識を持っていないと指標を理解できないことです。こうすれば経営をより詳しく性格に反映できる指標を生み出せる。「見える化」を追求した結果、その数値結果が複雑、多岐に渡ってしまい、皮肉にも「見えない化」に至ってしまう恐れを十分に感じます。統計や調査結果を精査している途中に時々、経験する「落とし穴」です。
このままでは従来の経理の専門家が新たな数値を作成して「こんな指標を考えたけど、どう?」と会話している風景と変わりません。これで金融の潜在市場が顕在化して、活発な取引が生まれたとしても過去のバブル投資を新たなキャッチフレーズを使って再現しているだけと思われていまします。看板の掛け替えだけは避けたいです。投資家以外の幅広い層へ普及させる覚悟と勇気を決断して欲しかったです。
新たな経営指標を定着する努力は不可欠
環境経営、あるいはESG、SDGsに象徴される企業経営は、すでに30年以上も前から議論され、注目度は広がっています。ただ、残念ながら「総論賛成、各論反対」の積み重ねた歴史でもあります。地球環境と経済成長を両天秤にかけて、右に、あるいは左に揺れています。今もそうです。ロシアによるウクライナ侵攻で深刻化を増しているエネルギー危機によって、脱炭素の議論はしばらくどこかに置き去りにさせるかもしれません。
だからこそ、新たな経営指標を掲げる努力はめげずに続けなければいけない時期ともいえます。ただ、世界で使われている経営指標だからといっても、多くの人に理解されないのなら本末転倒です。経営計画の流行語にもなったKPIに並ぶ指標として普及して欲しいです。
「見える化」の指標が複雑怪奇になる恐れも
最大の難点はわかりにくい点です。企業と投資家の対話で使用する指標として使うので、専門的な知識を持った人間同士の対話になるはずです。それでは過去に幾度となく繰り返される金融バブル事件の新たな素地を整えているにしか映りません。インパクト指標の本来の趣旨である「見える化」が実は多くの人からさっぱり見えず、遥か遠くの星空でポツンと輝く銀河と同じ存在になります。それではESG、SDGsに向けたインパクトを与えたいと考案した指標の価値が過小評価されるのではないかと心配です。
コメント