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地域は過ちを発信できるか② 企業城下町で生活することとは・・水俣、福島、能登

 新人記者のころ、「企業城下町」という言葉をどう捉えて良いのか迷ったことがあります。多くの企業、地域を取材しながら答を探しましたが、今でもまだ迷路の出口を見つけ出すことができません。ただ、過ちは正さなければいけないのは確信しています。

企業城下町をどう捉えるのか

 東京に本社を構える大企業が地方に大工場を設け、多くの従業員を雇用する。地域経済は大企業を頂点に下請け企業がピラミッド状に広がり、給与支払いなどを通じてスーパー、小売店、飲食店など地元のサービス業は潤い、地域全体に新たな活力を生み出します。

 地域を代表する大企業に就職することは、地元で生まれ育った人間にとって優秀である証明でもあります。なぜって、給与体系が地元の中小企業と格段に違います。娘さんが入社した年のボーナスが父親よりはるかに多く、「20年以上働いた俺は・・・」と言葉を失った友人を知っています。

政治・経済、雇用、自らの将来に多大な影響

 もちろん、経済だけではありません。取引先など幅広い層を及ぶだけに、その集票力は首長選はじめ地域の政治に大きな影響を与えます。例えば三菱重工業の長崎造船所はその存在感の大きさから、かつては造船所の総責任者は「長崎王国」の帝王と呼ばれていました。

福島の浜通りは事故で一変

 しかし、繁栄にばかり目を奪われるわけにはいきません。大企業の影響力の強さが本来なら地域の負の影響となるものに対し、地元から不平や批判が生まれる動きを封じることもあります。そして不幸にも、その企業が衰退し工場閉鎖に追い込まれたら、地域の活力は一瞬で立ち消えます。福島県浜通り地区が福島第一原発事故で地域が一変したことを思い出してください。とても残念です。教訓とかという表現を使いたくありません。

 日本のエネルギー問題を勉強する市民講座を受けた時です。講師は偶然にも20歳代のころに原子力発電所を取材した地域の出身者でした。当時、原発が建設される周辺地域は推進派と反対派に分かれ、家族内で対立する例も少なくありません。講師はまだ40歳前後ですから、小・中学生の頃は原発が稼働したばかり。原発の推進・反対で能登半島、石川県が大きく揺れいた当時の思い出を話しながらも、「電力会社を批判できる空気じゃなかったですよ」と苦笑していました。町の繁栄を支える電力会社は地元の住民に多くの雇用をもたらし、家族の進学や生活を支えます。

水俣はまだ公害との距離感に迷い

 2年前の2020年11月、熊本県水俣市を訪れました。「水俣病」はまだ終わっていません。チッソ水俣工場が不知火海に流した廃水に含まれたメチル水銀が原因で発生した日本最大の公害のひとつです。朝日新聞によると、2021年5月時点で認定患者2283人のうち9割近い2000人近くが亡くなっています。この時点でも約1400人が熊本、鹿児島両県に患者認定を求めており、国の被害者救済策の対象から漏れるなどした約1700人は損害賠償や認定を求める訴訟も続けています。

 新聞社時代、環境問題を数多く取材し編集してきたにもかかわらず、一度も水俣を訪れる機会がなく、いつかはと思いながら長い年月が過ぎてしまいました。水俣病については石牟礼道子さんが「苦海浄土」「春の城」など優れた作品を発表されていますし、多くの研究者やジャーナリストらが長期にわたって取材・報道、書籍を発表し続けています。新聞や本など知識で下地を整えて何度か取材しても、何かしらの原稿を書けるとは思えず遠くから眺める存在になっていました。

 初めて訪れる街です。九州新幹線のJR新水俣駅で観光ガイドブックを手に取りました。表紙のタイトルは「さあ、みなまた」。今の気分と同じです。最初の目的地は決めていました。水俣病資料館です。ページをめくると、温泉、特産品、ゆかりの人物などが続き、探していた資料館は9ページの左下隅になんとか見つけました。水俣病のタイトルは見当たりません。

広島も被爆地だけではないと不満の声も

 かつての赴任地の広島でも「ヒロシマ」「被爆地」のイメージだけが伝わることを残念がる人が多くいるのも事実です。「原爆被爆地だけで注目されるだけでなく、地元の経済や観光地にももっと関心を寄せてほしい」と語る人は多いのです。広島現地の空気を十分に体感していましたから、水俣市イコール水俣病のイメージだけが一人歩きすることに抵抗感があるのもわかります。

 1日かけて水俣資料館はじめ関連施設、一般財団法人水俣病センター草思社、チッソ関連などをバス、徒歩、タクシーを使い、時間が許す限り訪れました。資料館、草思社、徳冨蘆花・蘇峰の生家などいずれの場所でも多くの資料を前に丁寧な説明を受け、私の素朴な質問に答えていただき、とても感謝しています。

 タクシーに乗って有機水銀を垂れ流した排出口などチッソ関連の施設を回りました。どこそこへ行きたいとタクシーの運転手さんに告げると、「ユージン・スミスの写真で有名な場所ですよね」と観光客の私と同じ感覚で話したのが印象的でした。

 水俣市はこれまでも水銀をテーマに国際会議を開催するなど環境問題に熱心に取り組んでいます。国内外からも多くの研究者が訪れ、最近も米国の人気俳優が主役を演じた「MINAMATA」という映画が上映されています。ロケ地として水俣市は利用されていないようです。

 水俣市の市民は今も日本最大で世界に知られる公害病とどう向き合って良いのか、探り続けているようです。それは福島県の浪江町、大熊町でお会いした町民のみなさんにも感じました。

 地域を支える企業を全面否定できない。地域の政治、経済、家族などを考えれば、多少のことは見逃しても良いはず。多少の過ちは知らぬ間に大きな過ちに発展し、気づいた時には取り返しのつかない過ちになっていた。昭和を振り返るだけで、日本の歴史が教えています。

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