JR上野駅のホームで少年がお母さんに向かって手話を披露していました。背のすぐ後ろには清涼飲料水の自動販売機。その上には大きな画面を備えたディスプレー機が載っています。ちょうどホームに山手線が進入してきました。画面では駅員が手話で電車の到着を伝え、しばらくしてからドアが閉まりますと注意を喚起します。少年は画面を背にしながら、「電車のドアが閉まります」とあざやかな手話の動きで表現します。画面に登場する駅員に勝るとも劣らない美しい手話を見てお母さんはニコッと笑います。手話初心者の私は、小さな手が「ドアを閉じます」と表現する手話の所作を見てちょっと感動してしまいました。
駅員の手話、「ガタンゴトン」「ビュウウウン」の擬音が動画に
電車の到着、出発に関する情報を手話動画で知らせするディスプレーは人気者でした。デザインは白色の丸みを帯びた縁取りで、自販機との一体感に配慮したのが功を奏したのか、スマートフォンで写真を撮る人が絶えません。電車の到着・出発に合わせて画面に登場する手話に見入ったり、電車の発車を告げる「ピポンピポン」「ガタンゴトン」「ビュウウウウウン」といった擬音が文字で現れるのを笑ったり。ちょっとしたエンターテイメントです。
動画は以下のアドレスから。
このディスプレー機は聴覚障害者に電車などの情報を伝える実証実験に使われています。富士通やJR東日本、大日本印刷などが2022年6月15日から12月14日まで上野駅1・2番線ホームに設置されました。駅員による手話のほか、吹き出しをイメージした文字情報がアニメのような動画で流れ、従来から設置されている電車の出発・到着時刻を知らせる電子掲示板と合わせて利用すれば、上野駅ホーム上での現況をより理解できるかどうかを確かめています。
映像化技術を主導する富士通のホームページ(HP)をみると、人工知能を使って電車の走行音などを瞬時に文字化し、アナウンス内容や口調に合わせた書体・大きさで感情を表現しているそうです。わずかな時間ですが駅ホームで体験した感想では、実際の電車の到着と画面に現れる文字情報には若干の時差があります。この時差が意図したものかどうかはわかりませんが、電車の姿が消えた後も「ビュウウウン」と表示されているのは余韻のようにも映り、味わいを覚えました。
ドアのチャイム、めざまし時計が鳴っても気づかない生活とは
富士通は、これまでも障がい者、高齢者、子ども、ジェンダーなどを考慮して、より良いコミュニケーションが実現できる商品・サービスを開発しているそうです。富士通の小野晋一さんはHPで「もし障がいがあったらどんなことに不便を感じるか、皆さんは考えたことがありますか」と問いかけ、これまでの研究開発などについて説明しています。
詳細はHPをご参照ください。https://www.fujitsu.com/jp/about/businesspolicy/tech/design/activities/environsound/
2年前、手話の研修会で、こんな不便なことがあるという「聴障害者あるある」を聞いたことがあります。「ドアホンが鳴っても気づかないので、パトカーの屋根に取り付けるような点灯ランプを置いている」「電車が急停車しても何が起こっているのかわからない」「めざまし時計のベル音が聞こえないので、枕の下に振動する装置を置く」など。まったく気づかないことばかりでした。
富士通の小野さんは「LiveTalk」という技術を開発しています。話した言葉を音声認識によって即座にテキストに変換するコミュニケーションツールで、手話を理解できない人と聴障害者のコミュニケーションをよりスムーズにできるようになります。変換精度に差があるのかもしれませんが、スマホのアプリでも同様なツールがあります。
上野駅のホームで実施されている実証実験の最大の成果は、多くの人が聴障害者の生活実感を擬似体験できることではないでしょうか。手話で「電車のドアが閉まります」ってこう表現するんだと素直に驚く人が多いはずです。「ガタンゴトン」「ビュウウウン」とありきたりの擬似音でも、こういう動画が電車の乗降の安全につながると改めて気づきます。聴障害の人が日常生活の情報をどのように集め、注意しているかの一端を知ることができます。
耳が聞こえない生活を駅ホーム上で一瞬、垣間見る機会に
今回の実証実験は聴障害者のみなさんにどの程度手助けできたのかが主体だと思いますが、私も含めて普段の生活で耳が聞こえない世界があることに気づかないで暮らしている多くの人がどう受け止めたかも検証してほしいです。久しぶりに企業がEGS、SDGsで果たす役割とは何かに納得した楽しい風景でした。
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