朝日新聞社に「ツギノジダイ」というメディアがあります。謳い文句は「中小企業経営者の悩みに寄り添うメディア」。コンテンツのキモは「引き継ぐ経営 勝ち抜くヒント」。「へえ、朝日もこの分野に手を出すのか」。素直な思いです。
「ツギノジダイ」のアドレスは次の通り https://smbiz.asahi.com
事業継承はSDGsのメディアの役割
私が勤めていた新聞社でもグループ会社が中堅・中小企業経営者を対象にした雑誌を発行していましたから、メディアそのもの意外感はありません。ただ、「なぜSDGsと関連があるのか」が不思議でした。ネットメディアに情報量のみならず信頼性すら奪われ始めている新聞・テレビです。SDGsの切り口がどう活路を開くのか。興味が湧きました。
「ツギノジダイ」を知ったのは朝日新聞社主催のESG・SDGsイベントを歩き回っていた時。ブースの看板を不思議な顔で眺めていたせいか、朝日の担当者が近づいてきました。疑問をぶつけると、「事業継承です」即答です。確かに日本経済の根幹を支える中堅・中小の経営者は、もう20年以上も後継ぎの候補探しに悩んでいます。
中堅・中小は後継ぎが大問題
創業家に生まれたからといって会社を引き継ぐ時代はとうに終わっています。むしろ、会社の将来が明るければ、後継ぎは困りません。事業継承の仲介業を前面に出して急成長する会社もありますし、事業継承をテーマに特集を組む週刊・月刊誌も続きます。
「ツギノジダイ」は、中小企業をニュースとして伝えることよりも、メディアに掲載されるために必要なノウハウを教えることを重視しているそうです。朝日の担当者は簡単な説明の後、手元の資料を渡してくれました。資料には「中小企業こそチャンス」「取材されるための5つのポイント」というタイトルが書かれています。そのポイントは次の通り。
- 商品・サービスの信頼性
- 社会的意義
- 経営者のストーリー
- 魅力あるプレスリリース
- ネット戦略
なるほどと感心しながら、違和感は消えません。30年以上は企業について取材・編集活動してきました。特ダネもあれば、数えきれないほどの失敗があります。日本のみならず世界の企業の裏表も知っているかなと思っています。しかし、「こうすれば取材され、ニュースになるよ」とアドバイスしたは経験ありません。
一緒にニュースを作れば「やらせ」と言われかねない
なぜなら、こうすれば大きなニュースになるポイントを教え、取材先と二人三脚で進めたら、それは「やらせ記事」と呼ばれてしまうかもしれません。とりわけ、企業ニュースは株価やマネーに直結します。利害が明確に現れるため、取材・編集の最前線は読者のみなさんが予想する以上に「中立」「公正」に神経を尖らせます。
余談ですが取材する企業から「このニュースは書かないでくれ」と頼まれたことを新聞に掲載し、「人間のクズ」と何度呼ばれたことか。新聞記者は尊敬されるために取材するのではありません。数多くの人に知ってもらったほうがきっと日本や世界の未来のためになると信じて記事化を決めます。
「ツギノジダイ」はあえて取材先と同じ立ち位置に身を置きます。新聞・テレビを上回る成長を続けるネット・メディアにはネイティブ・アドという言葉があります。一般記事と違和感のない形で表示される広告のことで、読者に違和感なく企業の思い、PRを伝えるのが目的です。新聞紙面でも記事体広告というスタイルがあります。紙面の片隅に「広告」と銘打っていますが、パッと目には通常の新聞紙面と変わらないレイアウトを見たことがあると思います。
新聞・テレビの窮地を切り抜けるためには・・・
新聞・テレビの広告収入が右肩下がりの状況が続き、なんとか売り上げを増やそうと編集と広告の境目が曖昧になり、それが新聞やテレビそのものを変える力として増しています。テレビでも番組の出演者が番組中のCMに登場するのは禁じ手でしたが、今では当たり前。番組内容と同じスタイルで制作したCMも増え、どれが番組コンテンツとCMの切れ目がわからない事例も増えています。
自分自身も経験があります。編集局の視点から広告やイベントに新たな発想を持ち込む役職の人事辞令を受けました。新聞記者で生きてきた人間が広告や販売の営業職と関わるのは、正直言ってかなりのストレスでした。
会社が立ち行かなくなってはメディアの役割は果たせません。その時も「ツギノジダイ」と同じ発想から新企画を捻り出し、今ではスポンサーがキャンセル待ちする大人気の紙面になっています。
メディアはどう生き残るのか。「ツギノジダイ」は新聞記者を職業として幸運にも手にした人間にとって無限循環のように悩ませる存在です。そして、それがSDGsだというのです。新聞・テレビの次の世代に向けたお題と重なります。悩みは深まります。
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