2021年11月13日、COP26が終幕しました。開催地英国グラスゴーの名を冠した採択合意には「排出権取引」と「先進国から発展途上国への環境技術と資金援助」が明記されました。これをビジネスの世界の言葉で翻訳すれば、地球温暖化の主因とされる二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を削減するため、欧米や日本などから環境技術のみならず金融技術も発展途上国を巻き込んで広がっていくことを意味します。わかりやすい語句を使えば、環境投資バブルが始まります。それが順調に、しかも健全に成長するのか。それともバブルは生来の泡となって弾け散るのか。
「ファクトフルネス」の翻訳者がESGファンドを設立
「地球環境のため」を掲げたファンドが雨後の竹の子のように誕生しています。ESG(環境・社会・企業統治の頭文字から構成)という冠がついたファンドやビジネスの話題はもう慣れっこになったと冷めて眺めていたのですが、「FACT FULNEES(ファクトフルネス)」の翻訳家である関美和さんがESGファンドを設立していたのには驚きました。「ファクトフルネス」は日経BPが2019年に発売し、販売部数が100万部を突破した大ヒットした書籍で、ご存知の方は多いはずです。関さんは同書のほかに米国でも有数の投資家でインキュベーターであるピーター・ティールの「ZERO to ONE」など優れたビジネス関連の書籍を翻訳しています。翻訳した文章はわかりやすく、ビジネスを知っている人物だというのがよくわかります。
その関さんが三田評論2021年11月号(慶應義塾)で「ESG投資のファンドを設立し社会課題を解決」と題したインタビュー記事で登場していました。2021年5月に「エムパワー・パートナーズ・ファンド」という名のベンチャーキャピタルをキャシー松井さんや村上由美子さんの3人で設立しているそうです。松井、村上両氏は著名な方ですし、ファンドの応援団も「ユニクロ」創業者の柳井正さんやゴールドマンサックス元副会長のマーク・シュワルツさんらキラ星のごとく輝くばかりの人がずらり並びます。ファンドを立ち上げてからわずか5ヶ月程度で目標額の160億円近くまで到達しているそうです。さすがです。SOMPOホールディングスが設立直後の5月に同ファンドに出資したと発表しているぐらいですから、このファンドは企業姿勢を示す箔付になると踏んでいるでしょう。
すでに投資が始まっており、保育園業務のデジタル化を支援する会社、ウェブやアプリの多言語化する会社、気候変動を解析・予測する会社の3社が選ばれています。関さんは記事の中でファンド設立の理由について、20年以上の付き合いである友人の村上さん、松井さんと話す中で「日本ではなかなかユニコーン企業が出ないので、ESGのDNAを若い会社の成長戦略に植えることができればいいという話になったんですね。そこでESG重視型のベンチャーキャピタルというアイデアが出てきた」と説明します。
続けて個人も機関投資家もESGが株価や企業価値にどう影響するのかを検証したいと考えており、投資先に対し企業統治(ガバナンス)などの市場からの要請にどう応えていくのかをアドバイスする考えを示しています。
日本のESG投資も急拡大
ESGを重視した投資は急成長しています。世界のESG投資を集計している世界持続的投資連合(GSIA)の調査を見ると 2018年から2020年までの2年間、世界のESG投資額は15.1%増の35兆3000億ドルとなっています。地域別でみると、米国が42.4%増の17兆ドルと大幅に伸びた一方で、欧州は調査の定義変更と13%減の12兆ドルと見かけ上は減っています。日本は31.8%増の2兆8740億ドルと増加して入るものの、全体の占有率で見るとわずか8%です。ただ、2016年は4740億ドルですから、4年間で6倍も拡大しています。
COP26の合意はESG投資をさらに上げ潮に乗るのは間違いありません。とりわけ米国がESG投資で欧州を抜き世界でトップに立ったわけですから、新しい金融案件がどんどん生まれるのは確実です。もちろん関美和さんの「エムパワー」の代表されるように日本でも加速するでしょう。
しかし、思い出してください。1990年代のバブル経済の崩壊、リーマンショック、直近でいえばアルケゴス。個人はもちろん、プロである機関投資家ですら苦い思いを味わい、その結末は一国の経済が疲弊します。とりわけ日本経済は今でも手探り状態から抜けせず、疲弊を止めることができません。
ESGを重視した投資は実はその投資尺度は明快ではありません。日本銀行が2020年7月に発表した「ESG 投資を巡るわが国の機関投資家の動向について」のリポートの中で次のように指摘しています。
「整備途上にある ESG 情報開示基準」の項目を設けて「投資家の側からは、ESG 投資判断を行ううえで、企業側からの ESG 要素に関 する情報開示の拡充を求める声が多く聞かれる。同時に、企業の側からは、複数の開示基準等が混在している現状では、情報開示の負担が重く、投資家のニーズに対して充分な対応をとれないとの指摘が聞かれている」
ESG投資の論議は欧米が先行していただけに、日本の企業は情報公開が追いついていないのが実情です。22年4月からは東証「プライム市場」に上場する企業は気候リスク情報の開示が実質的に義務付けられます。これをきっかけに情報公開の質と量は改善されるますが、公開データをどう判断するのかはこれからの問題として残ります。
アルケゴスの教訓 プロも騙される
アルケゴスの幻影もちらつきます。2021年3月、野村証券など世界の大手金融機関が巨額損失を被ったアルケゴス・キャピタル・マネジメントの事件は、プロ中のプロでも騙される手口が明らかになりました。
関美和さんなどが設立したエムパワーのベンチャー投資はまだわかりやすいですが、排出権取引を例に見ても取引価格の設定は需要と供給、先行きの読みによる値付け交渉など様々な要因があって一筋縄ではいかない金融ビジネスです。読みを誤れば巨額の損失を被ります。しかもゴールドマンのようにクレディスイスや野村と協議しながら、独り出し抜く形で利益を確保するやり手がごまんといます。さすがというか、これが米国の金融ビジネスの真骨頂です。生馬の目を抜くとはこのことか!
ESG投資が米国主導すれば、その拡大の速度はさらに高まります。そうなれなアルケゴスの二の舞、三の舞が再現される可能性は否定できません。
美辞麗句のESGに惑わされない
地球環境の問題に取り組むことはとても重要です。しかし、COP26のように議論を重ね議論を重ねるだけでは、求める解には辿りつきません。ESG投資ファンドが環境の美辞麗句に化粧されて、リーマンショックの時と中身がほとんど変わらない金融ビジネスにつまみ食いされるのは勘弁して欲しいです。
もっと身近な例でみると、太陽光発電の詐欺事件が起こっています。太陽光をESGに字句を取り替えた詐欺事件が発生しても不思議ではありません。とりわけESGやSDGsなどの英語やカタガナの名詞はなんとなくありがたいイメージが出来上がっていますから・・・。
100万部を超える大ヒットした「ファクトフルネス」は「データを基に世界を正しく見る習慣」を意味する造語だそうです。ESG投資のブームを地球にとって価値あるものにするには、私たちがESG投資ファンドの実効性を見抜く目を持つことだと噛みしめたいです。
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