ESG・SDGsと企業経営

明治神宮外苑の木の伐採、自然と人々が離れていく 再開発会社のSDGsはどこへ 

 東京だけの問題だろうか。

 東京・明治神宮外苑地区が再開発で揺れています。地区の象徴とも言えるイチョウ並木の多くが伐採されることに対し、反対の声が上がっていました。再開発を請け負う事業会社は当初計画1000本程度を伐採する予定でしたが、550本にまで減らす案を提示。8月16日に開催した東京都環境影響評価審議会は環境保全案を「おおむね妥当」と認めました。来年にも着工し、2036年に再開発が完了するそうです。

野球場とラグビー場が建て替え

 この地区の再開発計画は約28ヘクタールを対象にかなり傷んだ神宮球場と秩父宮ラグビー場を建て直すほか、高層ビル3棟を建設します。事業会社は三井不動産、伊藤忠商事、明治神宮、日本スポーツ振興センター。大規模な再開発ですから再開発する面積の7割を占めるイチョウなど樹木を伐採する計画でしたが、樹齢100年超の老木や長年親しんだ風景が大きく変わることから、専門家や都民などから反対する声が上がっていました。

神宮外苑はあの青山のすぐ近く

 東京でもおしゃれな街として知られる青山に近い神宮外苑。そのイチョウ並木はテレビのニュースやバラエティ番組に頻繁に登場しますので、全国的にも有名な風景の一つです。国立競技場が近接しているので、デート、野球、ラグビーなど以外で訪れた経験を持つ人はかなり多いはずです。私もホンダや伊藤忠商事などの取材で訪れる機会が多く、仕事帰りに散歩したりランチしたり。秋になるとイチョウ並木の歩道は樹木の葉だけでなく、黄色の落ち葉がいっぱいに広がります。黄色のトンネルの中ををカサカサと音を立てながら歩く瞬間。四季を通じて好きな場所でした。

 東京都が「おおむね妥当」と認めた案には、イチョウ並木からわずか8メートルの距離に新築する野球場の外壁がそびえ立つそうです。球場の壁は存在感あります。たとえ多くの樹木が残存したとしても、現在のイチョウ並木の風景が様変わりするのは確実です。再開発の事業会社はイチョウ並木への根を傷めないかなどを調査して、球場の設計見直しを示唆しています。

 仕事柄、再開発の取材は若い頃から経験しています。今や世界でも美しい駅前と評価される石川県の金沢駅前再開発を40年前に取材、何度も記事にしました。当時は「こんな計画、本当に実現できるの?」と心の中で思っていましたが・・・。

経験豊富な三井不動産、伊藤忠が請け負うのに、なぜ?

 神宮外苑地区の再開発で素朴に疑問を持つのは、「再開発事業会社に三井不動産、伊藤忠商事が参加しているのになぜこんな騒動を起こすのか」です。両社とも大規模な不動産開発を数多く手掛けており、自然環境の保護にも熱心です。三井発祥の地である東京・日本橋の再開発をみてください。コレドの名でビルを建設するだけでなく神社の再建、緑の再修復などに力を入れ、実績を上げています。三井不動産も伊藤忠商事もESG、SDGsを経営戦略の軸に据え、高い評価を得ています。

 その両社が神宮外苑の再開発で樹齢100年を超える名木を伐採したり、青山の象徴であるイチョウ並木の風景を改悪する事業計画をどうしてまとめたのでしょうか。伊藤忠商事の本社はイチョウ並木のすぐ隣に構えています。毎日オフィスから眺める美しい風景が眺め、周囲の散策を楽しんでいるにもかかわらず、事業のためなら消えても仕方がないと思ったのでしょうか。伊藤忠こそ神宮外苑の素晴らしさを保存する先頭を切る立場にあると思います

東京の不動産投資は世界から集まる高い人気

 東京は人口減や過疎化が進む日本の中で今後も成長力を期待できる数少ない都市です。中国やシンガポール、欧米から不動産投資が殺到していることでも理解できるはずです。ただ、巨額の不動産投資と街並みや住みやすさの保持を両天秤にかけたら、どちらが大事かは明白です。まずは都市に住んでいる人間、利用する人々を最優先に考えることです。これがESG、SDGsの心構えです。

 東京都千代田区でもイチョウ並木の伐採問題があります。千代田区が計画する歩道の整備工事の一環で、関東大震災の教訓を伝える目的で植えられたイチョウ並木が伐採されるのです。皇居に近い共立女子大から神田駅までを結ぶ約1・4キロで、古本屋さんが集まる神保町に近いため、よく歩いた通りです。4車線ある車道を1車線分を減らして歩道を拡張する計画です。千代田区は沿道のイチョウ32本のうち30本を伐採し、落ち葉などが少ないヨウコウザクラに植え替えるそうです。

 東京以外の地方から見ると、たかがイチョウ30本の伐採と映るかもしれません。皇居を離れると緑が極端に減るビル街に覆われた千代田区は、住民は7万人弱。東京23区で最も人口が少ない街です。イチョウ30本の周辺は世界に誇れる古本屋街、共立女子大のほかに東京大学の発祥地に立つ学士会館、一橋大学に関連する如水会館などがあるほか、集英社など大手出版社が並ぶ明治以来の文教地区を象徴する街です。イチョウ30本は、外苑前に比べたら迫力はないですが、歴史ある街の「らしさ」を発信しています。

地方から見たら、小さな伐採騒動かも

 東京の緑は「たかが」「されど」という思いが交錯するのも事実です。神宮外苑前も千代田・神保町周辺も住民は少なく、多くの地区で再開発が進行する東京の中で特別視するのはおかしいという声があります。ただ、100年以上もかけて守り続けた緑を再開発の名目でバッサリ切ってしまうのは、東京の魅力を守り続けることになるでしょうか。

 都市に対する考え方が違うので比較にはなりませんが、イタリアやフランスなど欧州の都市は極力、街並みの風景を変えない努力を続けています。歴史を守る、観光産業のため、など理由はさまざまですが、祖先が守り、そして自分が生まれた時から変わらない街に安心を覚えるからです。

世界に発する都市の魅力とは何かを考える時

 日本の人口減は止まりません。再開発による都市の新陳代謝で経済の活力を取り戻すことは大事です。しかし、住んでいる人間の意欲を奪ってしまうなら、寂しい日本の未来が待っているだけと思わざるを得ません。

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