英HSBCホールディングスが世界の主要金融機関が脱炭素を目指して設立した国際的な枠組み「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」から脱退しました。NZBAからの脱退はトランプ米大統領が就任する公算が強まった2023年から広がっていました。
背景にはトランプ大統領の復権があります。同大統領は地球温暖化対策としての脱炭素に懐疑的で、温室効果ガスを排出する石炭や石油の採掘を「どんどん掘れ」と煽るほどの強硬派。ビジネスで脱炭素を掲げれば政権から不利益を被る可能性を恐れ、政治力学に敏感な米国の金融機関がまず反応し、日本の金融機関も追随していました。英国のHSBCが離脱すれば、欧州勢も揺らぎます。NZBAは国際的な枠組みとしての信任を失ってしまうのでしょうか。
2050年までに実質ゼロ
5年前を思い出してください。地球温暖化を唱え、脱炭素を冠した金融案件が王道のように流行しました。NZBAは温暖化ガスの排出量を2050年までに実質的にゼロにするネットゼロを目標にしています。経済の血液ともいえるマネーを握る世界の金融機関が地球温暖化対策で一致団結し、CO2などを排出する企業・産業が脱炭素に本腰を入れざるを得ない状況に追い込むのが狙いでした。国連の機関が主導して2021年4月に設立しました。
潮目が変わったのは2024年11月の米大統領選の行方が見えてきた頃でした。2023年からトランプ大統領の復権を確信した共和党系の政治家が脱炭素を掲げた投融資に反対する動きが強まります。投融資の審査基準に脱炭素やESG、SDGsを重視していた世界最大の投資会社、ブラックロックのCEOにも批判が集まります。
脱退は米国、日本、豪州と続く
2024年12月以降はJPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックスなど大手が相次いで撤退しています。米国以外でもカナダのロイヤル・バンク・オブ・カナダやオーストラリアのマッコーリーも離脱。日本勢は6金融機関が加盟していましたが、2025年3月以降は三井住友FG、野村HD、三菱UFJ、農林中金、みずほFGが脱退しました。NZBAは設立から4年も持たずに空洞化してしまいそうです。
冷静に眺めれば、世界の主要金融機関の変心に驚きはありません。金融ビジネスの真骨頂は建前と本音の使い分けにあるのですから。世界の世論が地球温暖化に大きく振れている時、ただでさえ利益第一を最優先に考える「強欲」の代名詞、金融機関が脱炭素に異論を挟むわけにいきません。建前として世界の金融機関が総意をまとめ、NZBAを設立したのでしょう。
本音はやはり違いました。元々、環境やESGなどの投資案件が期待通りの収益を上げるとは考えていませんでした。ブラックロックの内部ですら環境やESGに対して批判する意見が出ていましたし、日本でも伝説の投資家と呼ばれた清原達郎さんが著書「わが投資術」で環境関連の投資に興味がないと明かしています。温暖化ガス・ゼロの目標がどのような仕組みで利益を生み出すのかわからないと吐露しています。
トランプ大統領の復権は「渡りに船」でした。NZBAに参加した金融機関は、世界の国際金融を左右する枠組みとして期待していなかったはずです。批判の矛先をかわすために建前としてCO2など温暖化ガス減少に努力する姿勢を示すしかなかったのです。HSBCは発表で「NZBAは銀行の目標達成の指針策定に役割を果たした」「多くのグローバルな同業他社と同じように脱退を決定した」と説明するのも、頷けます。
ちょっとの正義感を忘れないで
ただ、NZBAの空洞化はとても残念です。世界経済の血液ともいえる金融を握る主要金融機関が政治家ひとり変わるだけで右往左往、右顧左眄するのはとても見苦しい。日本円で兆円単位の巨額な投融資に携わっているにも関わらず、横目で米大統領を見ながらマネーをどう有効に使うのかキョロキョロするは・・・。国や企業の骨格を支えるプロジェクトが時の権力に付和雷同ですか。悲しい、寂しいというより金融機関に対する信頼、信用が根底から崩れてしまいます。
ほんのちょっとの正義感。世界の金融機関が力を合わせれば、無理なことでも可能になることを忘れないでほしい。
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