ESG・SDGsと企業経営

ESGと経営戦略  IHI アンモニアは成長へのエンジンになるか、試される経営改革力

 IHI。2007年に社名を変更する前は石川島播磨重工業。昭和、平成に企業取材を覚えた新聞記者としては、石播がしっくります。そのIHIが製造業としてどう変身しようとしているのか。2023年5月に公表した経営計画をもとにESGの視点からみてみます。

重工業は製造業の「深夜食堂」

 IHIは三菱重工業、川崎重工業などと並ぶ製造業の百貨店。好きな漫画・ドラマに例えれば「深夜食堂」。「メニューはこれだけ。 あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよってのが 俺の営業方針さ」。小林薫のセリフが聞こえきそうです。もちろん、IHIが受注するのは機械。主力の航空エンジン・ロケット、防衛関連はじめエネルギー、汎用機械、産業システムなど幅広い商品群をメニューに揃えています。

 しかし、小売業の百貨店・デパートがほぼ消滅しそうな業態であるとの同様に、重工業のビジネスモデルである多品種少量型の事業形態は収益率が低下する一方でした。IHIは2020年度からの3年間、「プロジェクトChange」を掲げ、営業収益力の向上に取り組んできました。計画の言葉を借りれば「製品・サービス事業からライフサイクルでの価値提供へのビジネスモデルの転換」が狙いです。CO2排出削減や廃棄物削減など地球環境への対応に合わせて広がる新しい需要を成長力として取り込むのが狙いです。

営業利益率を回復に向け「Change」

 まず営業収益率の推移を見てみます。2019年度は3・8%、20年度は2・5%、21年度は6・9%、22年度は6・6%と右肩上がりとはいえませんが、コロナ禍の影響を加味すれば「成果は出た」といえるでしょうか。ただ、プロジェクトChangeで掲げた目標値でみると、20年度、21年度は上回ったものの、22年度の8・0%は下回りました。営業利益の増減理由をみても、コスト削減効果が最も大きく、次いで円安など為替変動、コロナ禍からの回復が続きます。事業構造の改革による増益はまだわずかですから、ようやく本番を迎える段階に手が届いた印象です。

ライフサイクル事業に活路

 もっとも、経営計画ですから成果は誇示しています。収益力を高める事業として期待する「ライフサイクル」の売上高は2019年度から2022年度にかけて35%増加。目標の30%は超えたそうです。ライフサイクル事業は、言い換えれば地球温暖化に対応するカーボンニュートラルに関連した事業創出を取り込み、IHIの成長領域を意味します。

例えばアンモニアに注力

 具体例として「世界初の液体アンモニア100%燃焼のガスタービン」「アンモニア100%を燃焼させる大型ガスタービンの開発」「碧南火力発電のアンモニア混焼実証事業」を挙げています。日本政府が盛んにぶち上げている小型モジュール原子炉の技術を持つ米ニュースケール社にも出資し、これまで培った原発技術と経験の進化にも布石を敷いています。CO2を大量に排出するとして批判を浴びている航空ジェットエンジンについても、CO2の排出を抑制する合成燃料SAF関連の研究開発にも着手しています。IHIの得意分野をより強く前面に押し出し、ライバルとの格差を武器に収益力を向上させる。経営学の教科書通り、実践しています。

「企業体質の変革加速」は必須

 当然、強い分野はより強くします。主力の航空宇宙・防衛は世界的な需要を堅調に見込んでおり、事業の先行きに不安はなさそうです。この結果、IHIの収益をどう高めるかは、ライフサイクル関連の事業が伸びるかどうかにかかっていますが、経営計画では「事業変革の準備は整いつつある」と強調するにとどまっています。成功するかどうかは、「事業変革をより本格化」だけでは間に合わず「破壊的な環境変化への対応可能な企業体質への変革を加速」が必須と結論付けています。

 IHIは2025年度に売上高1兆7000億円、営業利益1275億円、営業利益率7・5%をめざしています。この経営目標を達成するため、航空・宇宙・防衛と資源・エネルギー・環境を大黒柱と期待しています。それぞれの売上高、営業利益は航空・宇宙・防衛が5200億円、600億円、資源・エネルギー・環境は4300億円、310億円と見込んでいます。両事業を合せて売上高は9500億円、営業利益は910億円。成長に向けた戦略の成否を握ります。

かつては野武士、今は紳士に、

 目の前の経営課題は見据えました。しかし、かなりの難問です。例えばCO2排出を大幅に削減するアンモニア関連技術は、世界でも注目を集めているものの、その実現性に対する疑問は海外から聞こえています。もちろん、欧米などが疑問視するテーマでブレイクスルーすることは、海外勢に比べ事業を一気に飛躍させる原動力になります。IHIが目の前の壁を飛び越えるためには、経営計画でも自ら指摘しているように「破壊的な環境変化」に企業体質を変革できるかにかかっています。

どこまで変身できるかがカギ

 IHIは石川島播磨重工業時代は野武士集団と呼ばれていましたが、最近は社内統制が厳しく、大人しい紳士の会社になったといわれています。主力の航空・宇宙・防衛は今後も事業基盤が盤石なだけに、冒険や無茶なことをしないし、する必要もない。もし、そんな社風が漂っているなら、経営計画の目標を達成するには、再び野武士集団に戻る気合いが必要です。

 今後の視点は、まさに社員意識の変革。それがIHIを飛翔させるエンジンです。事業計画で企業の浮沈はカーボンニュートラル関連のライフサイクル事業と想定していますが、むしろ企業そのものが大胆に変身できるかどうかが優先課題。カギを握っています。

最近の記事
Eco*Ten
  1. G7環境相会議を考える③プラスチック汚染 出遅れの日本、リサイクルなど仕切り直しへ

  2. カルビー Eco*Ten6・8点 ESGの先進モデル・農工一体を再構築 自らの改革力が問われる

  3. フィンランド 世界最大級の原発を稼働 なぜ実現できたのか 日本が学ぶことは?

  4. 超吸水性ポリマーが農業を救う 大学発ベンチャーが地球環境問題の壁をぶち破る

  5. 星野リゾートがグリーンファイナンス、環境関連の資金調達のチェック度は?

  6. 日揮 Eco*Ten (上)エンジニアリングの王者は脱炭素、気候変動を飲み込み、変革を続ける

  7. スズキEco*Ten(上)伸び代はいっぱいですが、実行と成果はこれから

  8. ESGと経営戦略①マクセル が全固体電池の先駆に エネルギーのスマホ化を加速

  9. ESGに耐えられない電力会社、不祥事を止められず、自ら原発再稼働を遠ざける

  10. スズキEco*Ten7・1点(下)インドなど途上国の経験と貢献が「スズキらしさ」をより強く

  1. スズキEco*Ten(上)伸び代はいっぱいですが、実行と成果はこれから

  2. 経産省が国交省を行政指導する日は近い?! 企業の人権侵害の手引き公表

  3. キーエンス Eco*Ten は10点満点の6・5点 環境は身の丈に合わせて努力

  4. 気候変動ランキング① CCPI 日本は59ケ国+EUのうち50位 政策の具体性と実現に低い評価

  5. 政府、原発推進へ大転換 及び腰から本腰へ 本気度をEco*Ten 10点満点の3・5点

  6. JFE 高炉から電炉へ 脱炭素の覚悟 過去の栄光と葛藤の末に Eco*Ten 6・5点

  7. ESGと経営戦略①マクセル が全固体電池の先駆に エネルギーのスマホ化を加速

  8. ダボス会議 悲喜劇の舞台に形骸化、そろそろ賞味期限切れが迫っている

  9. ディスコ Eco*Ten 10満点の8・0点 SDGsの総花的な贅肉を削ぎ、強い分野をより研磨する

  10. Eco*ユニコーン創生 株式上場益の2倍相当を無利子で10年融資、脱炭素のブレイクスルーへ

TOP