Eco*Ten

環境経営の虚と実② EV支援策が消えた米国 蛇行するテスラはそれでも飛翔する

 米国が2025年9月末、電気自動車(EV)の購入補助を終了しました。トランプ政権のもとで打ち切られた制度は最大7500ドル、150円で換算すると(約112万円)の税額控除が受けられました。エンジン車に比べ割高なEVはこの購入補助で価格競争力を維持し、販売台数を押し上げました。世界トップのEVメーカーに急成長したテスラはもちろん、欧米の自動車メーカーが近い将来、エンジン車に代わるEVの品揃えを増やすよう背中を押す役割を果たしていました。

トランプ政権は購入補助を打ち切り

 ところが、石油業界から支援を受けるトランプ大統領は「気候変動はフェイク」と決めつけ、バイデン前政権が進めた気候変動対策を次々と覆します。大統領就任直後の2025年1月、まず国連主導で温室効果ガス削減に取り組む「パリ協定」からの離脱を表明。7月には太陽光・風力発電の新規建設への税制優遇を打ち切る減税・歳出法を成立させます。

 いずれも気候変動対策の根幹だけに、脱炭素を掲げて環境対策を急いでいた世界各国の政策にも大きな影響を与えます。EVの補助取り止めも同じです。米国市場だけをみても主力モデルの価格が実質的に2割ほど高くなり、販売低下は避けられません。テスラは9月末に購入補助締め切りの駆け込み需要を取り込み、販売台数は伸ばしましたが、利益は減少しています。

 悪影響は米国だけにとどまりません。中国に次ぐ大市場である米国の新車販売でEVが期待できないとなれば、米国向けに開発してきた日本や欧米の経営も軌道修正せざるを得ません。世界最大の中国市場は中国政府が自国メーカーを優先する政策を講じている以上、米国、欧州などEV販売の拡大が見込めなければEVの世界戦略は事業採算が合わなくなるからです。

 もちろん、企業は政府の支援を頼り切りで良いのか。リスクを超えて膨大な利益を手にするのが企業経営だ。こんな考え方を主張する向きもあります。しかも、EVの購入補助は重い財政負担を強い、いつまでも継続できるわけではありません。

テスラ、再生エネや充電インフラで稼ぐ

 思わず納得しそうですが、それは経済政策の基本と外れた考え方です。EVに限らず新市場の立ち上がり時に政府支援は必須です。まして半導体と並んで米国、欧州、日本の経済を支える基幹産業である自動車メーカーがEV開発を後押しするのは歴史上、繰り返されてきた産業政策です。

 EV普及の鍵を握るのは価格だけではありません。再生可能エネルギーによる電力供給や、充電インフラの整備、バッテリーリサイクルなど、環境面と社会面の両立が求められます。補助金が終わった今こそ、「本当に持続可能なEV社会」を築けるかどうかが問われています。補助に頼らず、技術と環境の力で前へ進む。アメリカのEV市場は、まさにその転換点を迎えているのです。

 テスラも右往左往、蛇行し続けた経営からようやく離脱できる目処がついたようです。購入補助の終了するのに合わせて「モデル3」「モデルY」に比べ低価格モデルを追加しました。イーロン・マスクCEOは、補助金がなくなれば競合他社に大きな打撃を与え、テスラにとっては有利に働くと発言しています。

 事業内容は低価格モデルの拡充や、ソフトウェアサービス、充電サービスなどエネルギー事業の強化によって競争力の維持を図る戦略へと移行、収益源の多様化を進めています。

 なにしろ、この10ヶ月間は充電切れしそうな経営でした。トランプ政権発足直後、イーロン・マスクCEOは要職に就き、政府職員に大鉈を振るう剛腕ぶりを見せつけましたが、あまりの横暴さに欧米の消費者はテスラ離れが加速し、売り上げは低迷。トランプ大統領の相剋で政権を離れた後も今度は購入補助の中止という追い討ちを受けたのですから。

 テスラは悪路を脱し、飛翔する寸前にみえます。

最近の記事
Eco*Ten
  1. ヘラルボニーと味の素AGF 知的障がい者のアートをドリンクディスペンサーに

  2. フジテレビ、ファンド提案を足して2で割る企業倫理では救われない

  3. 後発薬品だからって不正もゾロゾロは許されない 沢井製薬、日医工、小林化工

  4. ESG・SDGsの経営 金融サービスと製造業を並べて評価するのは公平か

  5. クレディ・スイス アルケゴスの亡霊に足を取られる ESG投資ブームの警鐘に

  6. 「SDGsウィークだから」理念とともに商機も一緒に広がる

  7. 小林製薬とビッグモーター 不正の図式が同じに見える

  8. 環境経営の嘘と実 ① 政府と企業の狭間を奔走するEV

  9. Eco*ユニコーン創生 政治・経済の混乱期に生まれる 今が「その時」

  10. 損保ジャパン、個人情報の漏洩が止まらない 地に落ちた信用をどう回復するのか

  1. JFE 高炉から電炉へ 脱炭素の覚悟 過去の栄光と葛藤の末に Eco*Ten 6・5点

  2. Eco*ユニコーン創生 株式上場益の2倍相当を無利子で10年融資、脱炭素のブレイクスルーへ

  3. 気候変動ランキング① CCPI 日本は59ケ国+EUのうち50位 政策の具体性と実現に低い評価

  4. ESGと経営戦略①マクセル が全固体電池の先駆に エネルギーのスマホ化を加速

  5. 経産省が国交省を行政指導する日は近い?! 企業の人権侵害の手引き公表

  6. スズキEco*Ten(上)伸び代はいっぱいですが、実行と成果はこれから

  7. 政府、原発推進へ大転換 及び腰から本腰へ 本気度をEco*Ten 10点満点の3・5点

  8. ディスコ Eco*Ten 10満点の8・0点 SDGsの総花的な贅肉を削ぎ、強い分野をより研磨する

  9. ダボス会議 悲喜劇の舞台に形骸化、そろそろ賞味期限切れが迫っている

  10. キーエンス Eco*Ten は10点満点の6・5点 環境は身の丈に合わせて努力

TOP