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ふるさと納税は誰のため?自治体運営の通販、納税意識を忘れる落とし穴

 ふるさと納税は不思議です。自分や家族が住んでいる自治体を良くすることよりも、他の自治体の税収増へ貢献する。生まれ育った「ふるさと」なら、まだわかりますが、全く縁もゆかもりもない行政に向けて納めることが多い。日本の市町村が元気になれば、回り回って自分らが住む自治体も活性化し、日本全体が潤うという発想もできますが、果たしてそうか。返礼品をめぐる大騒ぎを見ていると、自らの未来創生に向かって果敢に挑戦するよりも、目先の税収増に走る自治体を増やすだけ。結果、地方創生を実現する足腰を弱め、日本の未来を消し去っているようにしか映りません。

7年間で受入額は5倍、件数は6倍に

 まず、ふるさと納税の現況を見てみます。総務省によると、令和3年度(2021年度)は受入額が前年度実績比べて23・4%%増の8,302億円、件数は27・5%増の4,447万件とそれぞれ2割を超える伸び率を見せています。平成27年度(2015年度)から伸びが際立っており、この7年間で金額は5倍、件数で6倍も増えています。凄いの一言で驚くしかありません。同じ国の制度でもマイナンバーカードの普及率が伸び悩んでいる様と比較すれば、いかに国民がふるさと納税のメリットを理解し、利用しているかがわかります。

 人気の都道府県はやはり北海道。受入額は1200億円を超え、受入件数は750万件近くと他の都府県を圧倒しました。納税による返礼品の目玉は北海道といえば、再びやはり農水産物。百貨店やスーパーで集客キャンペーンとして毎日のように開催される「北海道展」の人気ぶりをそのままコピペしたようです。

北海道がダントツ人気、百貨店やスーパーのイベント並み

 違和感を覚えませんか。ふるさと納税は税金を納めるのが目的です。北海道のカニや乳製品を購入するのと訳が違います。実績を精査するまでもなく、本来の制度の目的と違った方向へ進んでしまい、いつのまにやら気がついたら「札幌の狸小路」に立っていた気分です。

 ふるさと納税は2008年5月から始まりました。後に首相にも就任した菅総務相が提唱し、創設されたものです。菅さんは2022年7月29日の自らのツイートで令和3年度の受入額が過去最高を記録した後、「私が総務大臣の時に提唱し、2008年に始まりました。各自治体の創意工夫を促し、地域活性化に欠かせない制度です」と胸を張っています。

 総務省のHPでも「地方と大都市の格差是正・人口減少地域における税収減少対応・地方創生を主目的とした寄付金税制の一つ。法律で定められた範囲で地方自治体への寄付金額が所得税や住民税から控除される」と説明している通り、過疎化や人口減で税収が低迷する自治体の財源を支え、新たな施策を打ち出す力として期待しています。

 しかし、巻き起こったのは寄付に伴う返礼品の競争です。菅さんが期待した自治体の創意工夫は政策立案に向かわず、返礼品のアイデア競争に突っ走る結果を招きました。高額な返礼品を設定するなど過熱しすぎた「ふるさと納税」獲得競争が全国に広がり、地方自治体の税収構造の歪みを招く結果に至っています。特に関東など大都市圏から地方へ税収が移転しています。大企業の本社が集中する東京に税収が一極集中しているという根強い批判がありましたから、税金の地方再配分という見方もありますが、実態は違います。

 返礼品の原資は税金ですから、ふるさと納税を利用した人が住む自治体の税収は減ります。しかも、返礼品は納税された金額のこれまでは四割程度、現在は最大で3割が寄付者に払い戻されます。納税者は地元に税金を払う代わりに地方の特産物を手に入れられるので、節税と合わせて一挙両得になります。これではふるさと納税の利用が急増するのは当然です。

納税者も落とし穴に

 ところが、納税者も知らないうちに落とし穴にハマっているのです。給与所得の多くが納税者としての自覚が希薄していることがわかっています。給与所得者は源泉徴収制度と年末調整制度を利用すると、納税は手続きをほとんどしないまま終えてしまいます。日本総合研究所の調査によると、自分で納税額を計算する確定申告書を提出したのは成人の約 20%で、「給与所得者は納税の主体であるという自覚が持ちにくい状況」と説明します。全体の約5割が租税に関 して知りたい情報として「税金の使われ方」「自分の納める税額」を回答しており、税金や行政サービスについて納得しないまま「義務として徴税されている」と感じている人が多いことがわかりました。

日本にふるさと納税を静観できる余裕はない

 日本経済が成長軌道を維持している場合なら、ふるさと納税の歪みを静観できる余裕があったかもしれません。しかし、人口減少が止まらず、新しい活力を生み出す企業や産業を創出できないのが日本の現状です。1980年代、かつて企業誘致が過熱し、進出企業の巨額な補助金を支払う時代がありましたが、その時は日本経済がまだ高度成長の軌道に乗っていたころです。懐かしい武勇伝です。

 現在は、過疎化とともに、人口ピラミッドを支えるはずの若者が急速に減少しています。先細りの日本の地方をどうするのか、自分たちが暮らす地域をどうするのか。返礼品のアイデア競争に消耗している余裕はありません。自ら支払った税金を使って、自らの子孫のためにどう未来を作り上げるのか。この意識を取り戻さなければ、ふるさと納税する「ふるさと」が消えてしまうのです。実力者の菅さんが提唱したので、だれも「ふるさと納税」の廃止を口にはできないかもしれません。でも、未来を見失わないためには、「やめましょう」と言わざるを得ません。

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